公開日:2026.07.21
更新日:2026.07.22
事業計画策定支援の実績|データ活用型ベンチャーで大型調達より先に検証実績を確認した理由

東京大学法学部卒業後、三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行。
さらにニューヨーク支店にて国際金融業務も経験し、法務と金融の双方に通じたスペシャリストとして、30年以上にわたり中小企業・個人事業主の“実行型支援”を展開。貸金業務取扱主任者。
東京大学法学部卒業後、三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行。
さらにニューヨーク支店にて国際金融業務も経験し、法務と金融の双方に通じたスペシャリストとして、30年以上にわたり中小企業・個人事業主の“実行型支援”を展開。貸金業務取扱主任者。
▼ この記事で分かること
- 実績の違い先進的な事業テーマと、投資判断に必要な実績の違い
- 交渉の扱い大手企業との交渉を事業計画へ反映する際の注意点
- 収益構造高コストなデータ事業で先に確認すべき収益構造
- 検証実績シリーズAの前に積み上げるべき契約・売上・利用実績
- 判断軸事業計画書の作成を進めない方がよい場合の判断軸
先進的な事業アイデアがあることと、シリーズAに向けた事業計画を説明できることは、同じではありません。
シリーズAとは、創業初期の仮説検証を経た企業が、事業の本格的な拡大に向けて行うエクイティ調達の段階を指します。ただし、法令上の統一定義はなく、求められる実績や調達規模は、企業や投資家によって異なります。
本件は、位置情報データを活用したアプリ事業を展開するベンチャー企業から、数億円規模の資金調達を想定した事業計画書の刷新について相談を受けた事例です。
事業テーマには将来性があり、関連する大手事業会社との提携や共同開発の構想もありました。しかし、その計画を支える契約、売上、利用実績、定量データは、十分に整っていませんでした。
そこで本件では、調達希望額を説明する資料を先に作るのではなく、まず何が検証済みで、何がまだ構想段階なのかを整理することから始めました。
ヒアリングと事業計画書の構成案の提示までは行いましたが、現段階で大型調達向けの計画書を作成することは適切でないと判断し、作成支援は継続しませんでした。
この事例から学ぶべきは、資金調達が実現したかどうかではありません。実績が不足する段階で資料だけを先行させないことも、資金調達支援における重要な判断だという点です。
シリーズAに向けた計画で先に確認すべきは、調達額ではなく検証実績
結論:先に確認すべきは調達額ではなく、シード段階で何を検証できたかです。
本件で最初に確認する必要があったのは、いくら調達したいかではなく、シード段階の資金や活動によって何が検証されたかという点でした。
相談企業は、位置情報データをマーケティング、商圏分析、立地判断などへ活用するアプリ事業を構想していました。現在では理解されやすい事業領域ですが、当時としては比較的新しい発想を含むものでした。
ただし、市場に将来性があることだけでは、個別企業の事業計画を裏付けることはできません。投資家に説明するためには、少なくとも次のような事実関係を整理する必要があります。
投資家に説明するために整理すべき事実関係
- 誰がサービスを利用しているのか
- 有償契約や売上が発生しているのか
- 利用が継続されているのか
- 顧客がどのような価値を認めているのか
- データ取得費や開発費を上回る収益構造があるのか
- 調達資金によって、何を検証または拡大するのか
本件では、これらを説明するための材料が不足していました。
事業計画書は、調達希望額を正当化するための資料ではありません。どの仮説が検証され、残された課題は何で、次の資金によって何を前進させるのかを整理する資料です。その前提が整っていない場合は、資料作成より先に、実績形成へ戻る必要があります。
ご相談時の状況|先進的な構想に対して実績と収益構造が追いついていなかった
結論:構想は先進的でも、契約・売上・収益構造が追いついていない状態でした。
相談企業は、位置情報データを利用したマーケティングや立地分析に関するアプリを開発していました。関連する大手事業会社との提携構想や共同開発構想もあり、事業計画上は成長性を説明しやすい要素が並んでいました。
一方で、事業を継続するための先行費用は、小さくありませんでした。外部から位置情報データを取得する費用、専門的なアプリ開発に必要な外注費、エンジニアの人件費、固定費負担の大きいオフィスなど、売上が十分に立ち上がる前から複数の費用が発生する構造だったのです。
このような事業で大型調達を検討する場合、単に「成長市場である」と説明するだけでは不十分です。
データをいくらで取得し、どのようなサービスへ加工し、誰にいくらで販売するのか。開発費や人件費を、どの顧客収益によって回収するのか。調達資金を投入した結果、どの指標がどこまで改善するのか。こうした収益構造と資金使途のつながりを示す必要があります。
表面的な課題|数億円規模の調達に向けた事業計画書の刷新
結論:依頼は計画書の刷新でしたが、事実と見込みの区別こそが論点でした。
相談時の表面的な課題は、シリーズAを想定した事業計画書の刷新でした。
相談企業は数億円規模の調達を想定しており、投資家に対して、市場環境、事業モデル、提携戦略、開発計画、収益計画、資金使途を説明する資料を必要としていました。資料に盛り込みたい構想の中には、大手事業会社との提携や共同開発も含まれていました。
ただし、ここでは「交渉している」という事実と、「事業計画の前提として扱える」という判断を分ける必要があります。交渉を始めた段階と、条件が具体化している段階は異なります。
条件が具体化していることと、契約が締結されていることも異なります。さらに、契約が締結されていても、それだけで売上や利益の発生が確定するわけではありません。
大手企業の名称や提携構想を資料に記載すると、事業の信頼性が高まったように見えることがあります。しかし、交渉状況や契約条件を明確に区別しなければ、事実と見込みの境界が不明瞭な資料になりかねません。
本当の課題|構想を支える契約・売上・定量データが不足していた
結論:本当の課題は見せ方ではなく、計画を支える検証実績の不足でした。
本当の課題は、事業計画書の見せ方ではありませんでした。シリーズAとして説明しようとしている事業に、どの程度の検証実績があるのかが整理されていなかったことです。
本件では、大手企業とのアライアンスは構想または交渉段階にあり、計画の根拠として扱える契約の成立や、収益化への接続は確認できていませんでした。
プロダクトについても、利用実績、売上、継続利用、顧客単価、顧客の評価などを説明する定量的な材料が不足していました。加えて、データ取得費、開発費、人件費、固定費が先行する事業構造でした。
この状態で大型調達向けの事業計画書を作ると、事業の実態よりも、将来構想や調達希望額の方が前面に出た資料になる可能性があります。
資料を作れることと、提示してよいことは別
資料の体裁を整えることはできます。しかし、資料を作れることと、投資家に提示してよいことは別です。
本件では、計画書作成の技術的な問題ではなく、計画書を作成する前提が整っているかどうかが、判断の分岐点になりました。
先に整理した6つの判断軸
結論:顧客・売上・提携・回収・使途・資金繰りの6点を先に整理しました。
| 判断軸 | 確認する内容 |
|---|---|
| 顧客・利用実績 | 無償の検証、有償契約、継続利用を区別し、顧客がサービスに対価を支払う意思があるか、その理由となる価値は何かを確認する |
| 売上・収益モデル | 契約による売上の継続性と、データ取得費・維持費を含む粗利構造を確認する |
| アライアンス | 接触・提案・交渉・契約・実行の段階を分け、売上計画へ織り込める確度を確認する |
| 費用回収 | 開発費やデータ取得費を、どのサービスと顧客収益によって回収するかを確認する |
| 資金使途 | 各支出を、プロダクト完成、契約数、継続率、売上、粗利などの目標へ接続する |
| 資金繰り | 大型調達の完了まで事業を維持できるか、固定費や資金使用の優先順位を確認する |
顧客と利用実績
最初に確認すべきなのは、実際にサービスを必要としている顧客がいるかどうかです。利用企業や実証先がある場合も、無償の検証なのか、有償契約なのか、継続利用なのかを区別する必要があります。
単に利用された実績だけでなく、顧客がどの課題を解決するために利用し、どの程度の対価を支払う意思があるのかが重要です。
売上と収益モデル
売上の有無だけでなく、どのような契約によって売上が発生し、継続性があるのかを確認します。位置情報データを扱う事業では、外部からのデータ取得費やシステム維持費が継続的に発生する場合があります。
売上が伸びるほどデータ費用も増える構造なのか、一定規模を超えると粗利が改善する構造なのかによって、必要な資金や成長戦略は変わります。
アライアンスの確度
大手企業との関係は、接触、提案、交渉、条件調整、契約締結、実行という段階に分けて確認する必要があります。交渉中の案件を将来の可能性として説明することはできますが、契約済みの案件と同じ確度で売上計画へ織り込むことはできません。
事業計画書では、確定している事実と、今後実現を目指す計画を明確に区別することが必要です。
開発費とデータ取得費を回収できる構造
先進的なデータ事業では、開発やデータ取得に必要な費用が、売上より先に発生しやすくなります。重要なのは、必要な費用を列挙することではありません。
その費用を投入した結果、どのサービスが完成し、どの顧客から、どの程度の収益が得られるのかを説明することです。この関係が整理されていなければ、調達資金が成長投資ではなく、固定費の補填に使われる可能性があります。
資金使途とマイルストーン
シリーズA資金を何に使うのかだけでなく、その支出によって何を達成するのかを整理します。データ購入、開発外注、エンジニア採用、営業体制の整備など、同じ支出でも目的は異なります。
それぞれの支出を、プロダクト完成、有償契約数、継続率、売上、粗利などの具体的なマイルストーンへ接続する必要があります。
短期の資金繰りとコスト規律
大型調達の完了まで事業を維持できるかどうかも重要です。資金が不足しているからといって、調達希望額を大きくするだけでは、問題は解決しません。
既存資金で何を検証したのか、現在の固定費は事業段階に見合っているのか、次の調達までどのように事業を維持するのかを確認する必要があります。
投資家が見るのは、事業の将来性だけではありません。経営者が限られた資金を、どのような優先順位で使用しているかも、重要な判断材料になります。
なぜ事業計画書の作成を継続しなかったのか
結論:検証材料が不足したまま計画書を先行させるべきでないと判断したためです。
本件では、経営者へのヒアリングを行い、事業計画書として整理すべき項目を提示しました。しかし、その項目を埋めるための契約、売上、利用実績、定量データが、十分ではありませんでした。
この状態で大型調達向けの事業計画書を作成すれば、将来構想や提携可能性を中心に、見栄えの整った資料を作ることはできたかもしれません。一方で、その資料は、現在までに検証された事実よりも、今後の期待を大きく見せるものになりかねません。
資金調達資料は、事業を実態以上に大きく見せるためのものではありません。検証済みの事実、残された仮説、必要な資金、実行上のリスクを区別し、投資家と共通の判断材料を作るためのものです。
その前提が整っていない段階では、事業計画書の作成を先に進めるのではなく、契約、売上、実証、利用データなどを積み上げる必要があります。
そのため本件では、事業計画書の構成案を提示した後、作成支援を継続しない判断をしました。
実際に行った支援|経営者ヒアリングと事業計画の構成整理
結論:支援は経営者ヒアリングと、事業計画書のアジェンダ案の提示までです。
本件で行った支援は、経営者へのヒアリングと、事業計画書のアジェンダ案の提示です。ヒアリングでは、主に次の項目を確認しました。
ヒアリングで確認した項目
- 位置情報データを活用した事業の構想
- 想定する顧客と提供価値
- データの取得方法と費用
- アプリの開発体制
- 関連企業との提携・共同開発の状況
- 現在までの契約、売上、利用実績
- 収益モデルとコスト構造
- 調達希望額と資金使途
- 調達後に達成する事業上の目標
- 現在の資金繰りと事業継続の見通し
そのうえで、市場環境、顧客課題、提供価値、収益モデル、開発計画、提携戦略、資金使途、収支計画など、事業計画書で整理すべき項目を提示しました。
ただし、事業計画書の項目を作ることと、それぞれの項目を根拠ある内容で埋めることは別です。本件では、特に契約実績、利用実績、売上、定量データの不足が大きく、現時点で大型調達向けの事業計画へ進むことは適切でないと判断しました。
結果と残課題|シリーズAより先に検証実績を積み上げる局面だった
結論:計画書の完成や調達実行には至らず、先に検証実績を積む局面でした。
本件では、シリーズAに向けた事業計画書の完成や、資金調達の実行には至っていません。
ただし、これは単に支援が未完了に終わった事例ではありません。本件で重要だったのは、事業計画書の作成を進める前に、相談企業がまだ実績形成の段階にあると判断したことです。
先に取り組むべきだったのは、次のような検証でした。
先に取り組むべきだった検証
- 顧客が実際にサービスを必要としているか
- 有償で契約する顧客がいるか
- プロダクトが継続して利用されるか
- 顧客が認める価値を定量的に示せるか
- データ取得費と開発費を回収できるか
- 大手企業との交渉が契約や事業実行へ進むか
- 次の資金によって拡大できる事業モデルになっているか
こうした実績が積み上がった後であれば、シリーズA資金を何に投じ、どの事業指標を伸ばすのかを、説明しやすくなります。
一方、検証が不足したまま資金調達資料を先に作ると、事業計画書が経営判断の道具ではなく、調達希望額を説明するためだけの資料になってしまいます。

資金調達の順番を誤らせないことも、実務上の重要な支援です。
同様のベンチャー企業が確認すべきこと
結論:テーマの魅力と自社の検証実績は、分けて考える必要があります。
位置情報データ、AI、SaaS、DX、マーケティングテクノロジーなどの領域では、先進的なテーマそのものが注目されることがあります。しかし、調達ラウンドを検討するときは、テーマの魅力と自社の検証実績を、分けて考える必要があります。
事業計画書の作成を始める前に、次の点を確認してください。
事業計画書の作成前に確認したいこと
- 顧客の課題を具体的に確認できているか
- 有償契約またはそれに近い検証実績があるか
- 利用件数、継続状況、顧客評価などのデータがあるか
- 顧客単価とデータ取得費、開発費の関係を説明できるか
- 提携構想と契約済みの案件を区別しているか
- 既存資金で何を検証したかを説明できるか
- 次の調達資金で何を拡大するのかが明確か
- 調達完了まで事業を維持できる資金繰りになっているか
- 現在の固定費が事業段階に見合っているか
シリーズAという名称や、求められる水準は、企業、事業領域、投資家によって異なります。重要なのは呼称ではなく、これまでの資金で何を検証し、次の資金によって何を拡大するのかを、事実に基づいて説明できることです。
実務上の注意点|先端領域であることだけでは調達根拠にならない
結論:成長市場に属することと、大型調達に適した状態にあることは別です。
位置情報データ、AI、DX、SaaSなどの先端領域では、市場の成長性や技術の新しさが強調されやすくなります。しかし、成長市場に属していることと、その会社が現時点で大型調達に適した状態にあることは、別です。
また、売上が発生していなければ一律にシリーズAを検討できない、という意味でもありません。技術開発型の事業や研究開発型の事業など、売上以外の検証成果が重視される場合もあります。
大切なのは、何が検証済みで、何が未検証なのかを明確にすることです。未検証の内容を将来計画として説明することはできますが、確定した事実と同じように扱うことはできません。
事業計画書では、次の3つを区別する必要があります。
- 事業計画書で区別すべき3つ
- 01すでに確認できている事実
- 02一定の根拠に基づく見込み
- 03これから検証する仮説
この区別が曖昧なまま大型調達を進めると、投資家だけでなく、経営者自身も事業の現在地を見誤る可能性があります。
よくある質問(FAQ)
結論:シリーズAの可否は一律ではなく、検証済みの事実と今後の仮説を分けて判断する必要があります。
実績が少ない企業は、シリーズAを検討できないのでしょうか。
一律には判断できません。事業領域や投資家によっては、売上以外の技術的成果、実証結果、知的財産、顧客候補との関係などが評価される場合もあります。ただし、何が検証済みで、何が今後の仮説なのかを区別して説明する必要があります。
大手企業と交渉していれば、事業計画に記載できますか。
交渉の事実を記載することは考えられますが、契約済みの案件や確定売上と同じように扱うことはできません。交渉の段階、合意済みの事項、未確定の条件を分けて記載する必要があります。
売上が立つまで、事業計画書を作らない方がよいのでしょうか。
事業計画書そのものは、仮説検証や経営判断のためにも活用できます。問題となるのは、検証材料が不足した状態で、大型調達が成立することを前提とした計画へ仕上げることです。計画書の目的と、現在の事業段階を区別する必要があります。
シリーズAまでのつなぎとして借入れを利用できますか。
借入れが適しているかどうかは、既存売上、返済原資、資金使途、借入条件によって異なります。将来のエクイティ調達だけを返済原資として想定するのではなく、既存事業から返済できるかを個別に確認する必要があります。
まとめ|事業計画書を作る前に、資金調達の順番を整える
結論:計画書より先に、契約・売上・実績を整理し、調達の順番を整えることが重要です。
本件で先に必要だったのは、数億円規模の調達を説明する資料ではなく、契約、売上、利用実績、収益構造を整理することでした。
先進的なアイデアがあること、大手企業との交渉があること、成長市場に属していることは、いずれも事業の可能性を示す要素です。しかし、それだけで大型調達の根拠になるわけではありません。
事業計画書は、事業の実態を大きく見せるためではなく、検証済みの事実と今後の仮説を整理し、次の資金によって何を拡大するのかを説明するための資料です。だからこそ、資料作成より先に検証実績を積み上げるべき場合もあります。
資金調達支援では、調達手段を提案することだけでなく、いま調達へ進むべき段階なのかを見極めることが重要です。
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