公開日:2025.12.03
更新日:2025.12.03
経営成長の鍵となる「従業員エンゲージメント」の本質
企業経営のための基本的なリソースとして「ヒト、モノ、カネ」そして「情報」が挙げられます。その中でも、人間の経済活動の根幹であることから、「ヒト」を重視した経営方針を多くの企業が謳っています。人材を「人財」と表現することもその一つです。
こうした「ヒト」重視経営の内容についても、時代の要請に基づき、ビジネス環境の変化に即応できる人材を活用する視点から、現在は大きな変革期にあります。
昨今の企業経営においては、利益至上主義・株主至上主義を超え、企業の社会性を尊重したESG経営が主流になりつつあり、株主だけでなく多くのステークホルダーが存在します。その重要な一つが「従業員」です。
日本の企業は伝統的に、どんな会社でも「従業員」との仲間意識を醸成することが多かった歴史があります。「終身雇用」や「年功序列」といった古い日本式経営の代表的な人事体制は現代的ではありませんが、21世紀の経営においては、それに代わるようにSDGsやESGのような新しい価値観に基づいた「従業員」尊重の経営戦略が出現しています。
そこで今回のブログでは、「従業員エンゲージメント」という考え方について解説します。
この記事の要点
- エンゲージメントの本質:単なる満足度ではなく、企業への「愛着」と「自発的な貢献意欲」を示す能動的な指標。
- 日本企業の課題:「企業の魅力」が先進国で低水準。労働人口減少時代において、エンゲージメント向上は生存戦略そのもの。
- 向上の3要素:「理解度(ビジョン共有)」「共感度(当事者意識)」「行動意欲(環境整備)」の実践が成長の鍵となる。
従業員エンゲージメントとは? 従業員満足度との違い
一般的に「従業員エンゲージメント」は、「従業員が会社に対して愛着・貢献意欲を持っている状態」と定義されます。これは米国で1990年代に生まれた概念で、具体的には、従業員が企業そのものや現在の仕事内容・職責に価値を見出しており、組織や同僚を信頼して貢献したいと思っている状態を指します。
すなわち、「従業員の企業に対する信頼の度合い」や「従業員と企業とのつながりの強さ」と言えるでしょう。
従業員が企業を強く信頼する分だけ「働く楽しさ」や「モチベーション」「在籍期間の長期化」を期待できます。企業からの給料・報酬だけではなく、働きやすさ・就労サポート・福利厚生の充実などによって「従業員エンゲージメント」は大きく変化するため、ステークホルダーとして従業員のことを大切に考えなければならない現代の経営環境においては欠かせないキーワードです。
その意味では、「従業員エンゲージメント」という考え方は、従業員の能動的な行動指標です。
いわゆる「従業員満足度」が、従業員が企業や現在の仕事、職場の人間関係などにどの程度満足しているかを示す受動的な指標(従業員が働きやすい環境にあるかどうか)であることとは異なります。従業員満足度という評価方法には、「従業員が自発的に貢献したいという態度・意欲・姿勢」が含まれないからです。
従って、従業員満足度の向上が、会社収益の拡大や持続的な事業発展に寄与しているかは分かりません。例えば、さまざまな手当や休暇制度を作れば従業員満足度は上がるでしょうが、単純にみると、こうした充実した施策を実施するための体制整備コストは、企業収益にはマイナスでしかありません。こうした好待遇環境において、従業員が会社の事業収益にどのように貢献してくれるかは別問題です。
その意味で、ステークホルダーとして従業員を捉え、会社や事業に対する愛着や貢献意欲の湧く状態を創造することは、企業にとって事業発展や収益拡大にプラスの影響があるため、数値化できるようにしなければなりません。「従業員エンゲージメント」というコンセプトはそういう意味を持っているのです。
日本企業の現状とエンゲージメント向上が必要な理由
こうした「従業員エンゲージメント」が重要視されるようになった背景には、日本の有能な人材の活用が世界標準から遅れているという認識があります。
参考として、OECD(経済協力開発機構)が実施した高度人材を誘致・維持する世界の魅力度ランキング(経済産業省「未来人材ビジョン令和4年5月」)によると、日本は先進国の中で25位となっており、高い能力を有する人材(従業員)からは「企業の魅力が低い」という評価になっています。
また、世論調査をベースとするアメリカの調査会社ギャラップ社が発表した「世界の従業員エンゲージメントの調査ランキング」でも、139カ国中132位とほぼ最下位の結果です。
こうした「従業員エンゲージメント」の低迷状況は、現代のグローバル経済社会に適合していないと言われているのと同じであり、国としての経済成長に悪影響を及ぼしていると考えられます。日本人は「勤勉」「真面目」「几帳面」「正確」「丁寧」「親切」など、個人としての評価は世界的に高いですが、実際の就業環境においては、個々の従業員の能動的な企業貢献が乏しいという残念な状況にあると言えます。
加えて、現在の日本の企業では、少子高齢化による労働人口の減少が進み、離職率の増加及び就業年数の短期化も社会問題化しています。また日本では、国の政策としても「DX」や「生成AI活用」などの進展による生産性の向上や、従業員一人一人の働き方改革を推進してきており、「働く環境」や「企業との関係性」がさらに大きく意識されるようになってきました。
以上のような現代の個人のワークスタイルの変化や将来的な企業活動を考慮すると、日本においてこそ、すぐにでも従業員エンゲージメントに取り組む必要があるのです。
構成要素となる「理解度」「共感度」「行動意欲」
「従業員エンゲージメント」は理論的に「理解度」「共感度」「行動意欲」という3つのファクターで構成されています。この3つのファクターの内容や意味付けを理解し、「従業員エンゲージメント」を実践することは、企業の持続可能な成長、収益拡大に必須です。
エンゲージメントを高める「3つの必須要素」
1. 理解度
- ビジョンの共有企業理念や事業コンセプトを深く理解しているか?
- 腹落ち感日常業務と会社の方向性がリンクしているか?
2. 共感度
- 当事者意識会社の活動に「自分ごと」として関心を持てるか?
- 心理的安全性会社や組織を信頼し、心理的に繋がっているか?
3. 行動意欲
- 自発的な貢献「もっと成果を出したい」と自然に思えるか?
- 環境の整備挑戦が称賛され、委縮せずに行動できる土壌があるか?
(1)理解度
「従業員エンゲージメント」を拡大する大前提は、各従業員が、会社の事業活動や活動方針(企業理念、事業コンセプトを含む)を理解することです。
実際のコンサルティング活動の中で、従業員に「企業理念は知っていますか?」「事業コンセプトは言えますか?」と質問することはほとんどありませんが、従業員の多くは、企業の考えやビジョンを詳しく理解しないまま働いています。要するに、日常業務をこなすだけの従業員が多いということです。
こうした従業員環境は、企業側にも責任があります。企業側も「そのうち自然と理解してくれるだろう」とか「今はまだ、そんなことは気にしなくていい」などと、企業の考えやビジョンを具体的に説明しないまま就業させているのが一般的になっています。
「従業員エンゲージメント」においては、企業が実施している活動や考え方を従業員に理解してもらうことが重要であり、従業員の理解度を高めるためにも定期的な社内研修が必要です。求人募集の際にしても、企業理念やビジョンを理解してもらい、それとの一貫したストーリー付きで実施している活動を説明することが重要となります。
(2)共感度
「従業員エンゲージメント」の効果を上げるには、会社側が一方的に盛り上がっていても始まりません。会社の活動に関して、従業員から共感を得る必要があります。従業員にある意味での「当事者意識」を持ってもらうことが大切です。
従業員の共感度を知りたい場合には、定期的な個人面談やアンケート、研修活動が必要であり、直接会話を通じて会社側と従業員との共感度合いを知る努力を行い、従業員に寄り添った企業づくり、事業活動を進めていく必要があります。
(3)行動意欲
従業員が企業の考えや方向性を理解し、十分な共感を持ってくれたとして、それが実際の行動・実践に繋がらなければ、企業としては意味がありません。その意味で、従業員の自発的な行動・実践につながるような行動意欲が重要です。
行動・実践に繋がる従業員の気持ちが強ければ、「この会社に貢献したい」「もっと成果を出したい」といった考えで、従業員は就労し、動くようになります。従業員のこのような行動意欲を高めるためには、行動できる環境整備、そして従業員に対する行動・実践の機会の提供が不可欠です。
新しい顧客や案件を獲得したり、新規事業を立ち上げたり、社内・社外イベントを開催したり、人事異動によってさまざまな活動に携わったりなどで、従業員に適切な行動・実践の機会を提供できるようにしなければなりません。
特に日本人は、「横並び意識」「出る杭は打たれる」など、周囲の状況に過剰な配慮をして、行動・実践が委縮する傾向があるため、従業員が行動・実践できるような労働環境の整備は必須です。こうした整備作業を実施すること自体が、従業員の行動意欲を促進する会社であることに繋がります。
持続可能な成長を実現する組織へ
このような「従業員エンゲージメント」の3つの要素は、健全な成長を持続できる会社の必須要件です。多くの会社は、創業時の企業理念やビジョンを一つのストーリーとして貫くような経営方針を明確に従業員に伝えていません。その結果、従業員による不祥事や不正が発生することすらあるのです。
いわゆるESG経営の視点からは、人的資本の有効活用が全ての経営の基礎であり、そのためには有為な人材が適材適所で活用できる労働環境が必須です。
世界中の歴史の中に、組織的に長期持続してきた企業は多くありますが、必ず「従業員エンゲージメント」を持ったスタッフがいます。20世紀型の利益至上主義、株主至上主義の中では、短期的な利益を追求することが多くなるため、人件費を単なる費用項目としか評価しない経営がまかり通っていました。
正規雇用から非正規雇用への転換で従業員の質も変化しました。それを修正するべく、労働環境の健全な発展を促進し、多様な就労形態を可能にするような国レベルの施策も増えています。「働き方改革」「ライフワークバランス」「在宅ワーク」「男女雇用均等」「外国人労働者」など、従業員の定義も範囲も時代や世代に合わせて変化しています。
固定的な就労環境を維持するのではなく、「従業員エンゲージメント」のコンセプトに則った企業の事業推進が、すでに必須になっているのです。








