公開日:2025.11.26
更新日:2025.11.27
お金の流れが世界を変える。SDGsの先駆けとなった「PRI(責任投資原則)」とは
近年、ニュースやビジネスの現場で「SDGs」や「ESG」という言葉を聞かない日はありません。しかし、これらが単なる「きれいごと」や「一過性のブーム」ではなく、世界の金融システムを根底から変えるための巨大な仕掛けであることを、どれだけの方が意識されているでしょうか?
今回は、SDGsが採択されるよりも前、2006年に国連が提唱した「PRI(責任投資原則)」にスポットを当てます。「お金の流れ」を変えることで世界を変えようとするこの考え方は、大企業だけでなく、これからの中小企業の経営戦略にとっても無視できない羅針盤となるはずです。
この記事の要約
- SDGsの先駆けとなる「PRI(責任投資原則)」は、2006年に国連が提唱した「お金の流れ」を変える枠組みである。
- CSRはコストではなく、PRIの観点からは「将来の利益を生むための投資」と定義される。
- 投資家がESG(環境・社会・ガバナンス)を重視し始めた今、中小企業にとってもESG経営は生存戦略となる。
20世紀型経営の限界と「SDGs」の台頭
20世紀型の利益至上主義、株主至上主義による企業経営は、さまざまな弊害をもたらしてきました。その結果、環境問題や社会問題などがクローズアップされ、「企業の社会的責任=Corporate Social Responsibility(CSR)」が企業に求められる流れが生まれました。こうした産業界への責任論の変化は、世界規模で進展し、21世紀に入ってからも様々な議論が行われ、いまでも続いています。
世界共通言語となったSDGs
そんな議論の中で、現在、中心的な概念として「SDGs」が普及しています。
SDGs=Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)は、2015年に国連においてすべての加盟国が採択した「2030年までに地球上の誰一人として取り残さない」ために達成するべき目標です。
17の分野に分けられた目標と、169の行動ターゲットを内容としています。貧困や飢餓、教育、ジェンダー平等、清潔な水、気候変動、資源保護、産業育成など、世界中で問題になる様々な課題に取り組むための具体的な行動指針が示されています。この「SDGs」に関しては、2030年という年限が定められており、先進国に限らず、途上国や新興国も含めた「持続可能な発展」を目標としています。「SDGs」は、世界中の国が協力して取り組む共通の目標として設定されており、世界中の持続可能な発展を促進し、地球環境や社会経済の改善を目指しているのです。世界中の全ての人々が、「SDGs」に合わせた行動を求められているのです。
現場が抱えていた「誤解」と国連からの回答
CSRと収益は「トレードオフ」なのか?
こうした考え方をベースに、「SDGs」に関しては、個人レベル、コミュニティレベル、団体レベル、地域レベル、地方行政レベル、国レベルでの具体的な活動方針や活動計画、活動目標が設定されており、それぞれが積極的に活動しています。
こうした動きとは別に、企業レベルでは、20世紀の利益至上主義、株主至上主義から脱却し、持続可能な世界の創造に寄与する責任が論じられるようになりました。ただ、私が小さな活動でありながら、CSR活動を企業経営に取り込むコンサルティングを行っていたときの経験では、企業活動としては「CSR活動は収益とトレードオフの関係にある」との認識(CSR活動を行っても、コストがかかるだけで企業収益の向上には寄与しないという考え方)が強かったのが実感です。
実は、こうした企業の収益活動と企業の社会的責任を両立させる考え方が、2006年に国連から提起されていました。2015年に発表された「SDGs」よりも以前の話です。それは、「ESG(Environment環境・Social社会・Governance企業統治)」という概念を取り入れた「責任投資原則=Principles for Responsible Investment(PRI)」です。
世界のお金の流れを変える「PRI」の仕組み
この「PRI」という考え方を説明しましょう。
「PRI」の前文(イントロダクション)には、「企業が長期的な価値を創出するためには、経済的に効率の良い、持続可能な国際金融システムが必要であると考える。こうした国際金融システムは、投資家による長期的な責任投資に報い、利益をもたらし、地球の環境や世界中の社会全体に利益をもたらす」と記されています。
(参考:責任投資原則(PRI)|PRI Association)
その上で、「PRI」を採用し実施することは、企業に対して、優良なガバナンスを基礎とする誠実な企業運営、ステークホルダーへの説明責任を求めることになるとしています。つまり、持続可能な世界の形成を目指した投資家による投資行動が金融市場に定着することが、金融システムの慣行や構造、規制を修正し、利益至上主義、株主至上主義を克服し、持続可能な国際金融システムの構築に寄与するという考え方です。
「向こう10年間の私達の目標は、責任ある投資家と共に、すべての人々のための真に豊かな世界の実現に向けた持続可能な市場を目指し、協働してもらうことです」
投資家の行動を変える3つの視点
国連が推進するPRI活動の3つの柱
1. 投資家を変える
- 責任ある投資家の拡大
- アセットオーナーへの働きかけや啓蒙を行い、ESG投資家を育成する。
2. 市場を変える
- 持続可能な市場の構築
- 短期的な利益追求を是とする規制を見直し、非財務データの普及を促進する。
3. 世界を変える
- 豊かな世界の創出
- 気候変動対策やSDGs達成に貢献する投資活動を支援する。
この結果、世界中で急速に「ESG投資」が普及することになります。その後、2015年の「SDGs」の発表と合わせて、現在、国連は「PRI」を通じて以下の3つの視点での投資活動の活性化を推進しています。
1. 責任ある投資家の拡大
長期的な価値を追求する責任ある投資家(PRI投資家)をリードする。それによって、協調性の高い投資環境、インベストメント・チェーン(投資資金の流れ)を拡大する。
(アセット・オーナーの影響力強化、ESG課題への組み込みサポート、PRI投資家のコミュニティ育成、啓蒙活動など)
2. 持続可能な金融市場の構築
PRI投資家が活動しやすくするために、金融市場の持続可能性を阻害するような要因を分析対処し、責任ある投資家(PRI投資家)と投資を受ける受益者(企業)が必要とする経済効率性が高く持続可能なグローバル金融システムを構築する。
(持続可能な金融システムへの障壁の分析と対処、意味のある財務&非財務データの普及など)
3. すべての人々のための真の豊かな世界の創出
現在と将来の世代のために、真に豊かで包容力のある社会づくりに貢献できる投資活動の推奨と支援を実施する。
(気候変動に対する対策支持、SDGsが実現される世界への貢献など)
このように、企業が事業の維持拡大、収益確保に必要とする資金の提供サイドから、世界的な、地球的な、環境問題や社会経済問題に切り込む体制を整備するように、21世紀初頭から、国連が提唱してきたのです。
「お金」という道具を、未来のためにどう使うか
私自身も、上場企業や株式公開に関わるIR(Investor Relation)活動に関わるコンサルティングから感じていた、利益至上主義、株主至上主義の矛盾に対して、自分なりにCSR活動のコンサルティングを行ってきたように、サステナビリティ(持続可能性)が、21世紀に生きる現世代、未来世代にとって、解決するべき大きな課題の一つだという認識です。
私たちは誰でも、豊かな人生を送りたいし、未来世代の人々も素晴らしい生き方を全うして欲しいと思います。その為に、豊かで包容力のある(誰も排除されることのない)社会の土台づくりを行う必要があるのです。しかし、毎日、世界から伝わってくるニュースや情報からは、リスクや危機は増え続けています。このように増え続けるリスクや危機を把握し、もっと身近に直面する問題や、未来世代に対する不安要素を克服しなくてはいけないと考えます。
源流である投資家が変われば、すべてが変わる
その意味で、2006年に国連が主導で提唱した「PRI=責任投資」という考え方は、効率的な金融システムにビルドインされることで、大きな意識改革をもたらしていると思います。個人のみならず、どんな企業も団体も、国や地方も公益法人も、すべてが「お金」を必要としているのは、人類の必然です。「お金」は、人類が発明した共通の道具でありますが、それを使うことで、自身に直面する状況を、良い方向だけでなく、悪い方向にも向けることができる力があるのです。
人間の行動を良い方向に向けるためには、「お金」の流れを良い方向に向けることから始めようという考え方は、「SDGs」の実現に効果的であると思います。
その「お金」の源流である投資家が、責任をもって効果的な投資を行うことを促進するべきです。そのためには、そうしたPRI投資家の長期的な価値実現への追求を妨げず、その追求を手助けする金融システムが構築される必要があります。SDGsが目標とする課題は、責任投資原則(PRI)の目的(経済的に報われる=収益を確保すると同時に、地球環境や経済や社会全体に利益をもたらす持続可能なシステムの達成)と同じなのです。
中小企業における「ESG経営」と世界の現実
現時点では、PRIを表明している投資家や投資機関の数、PRIと評価され運用されている投資資産は増え続けていますが、これからもどんどん拡大していくでしょう。こうした「お金」の源流(PRI)の拡大に合わせて、PRIを受容する企業や団体、個人の経済活動に対するガイドラインのようなものが「ESG経営」と言えるのです。
地球環境、経済、社会およびガバナンスの要因をPRI標準の投資を行う意思決定の際に検討することは、企業のESG経営の内容を評価することにつながります。そうした投資行動+ESG経営は、私がCSR活動をコンサルティングしていた時以上に、「良い行ない」ではなく、投資活動や事業活動にとって「絶対必要な行ない」になっていると言っても過言ではないでしょう。
現在の投資家の多くは、「PRI=責任投資」を意識した投資活動へのシフトを進めています。より深い洞察力と調査力をもって、投資対象である企業の事業内容について、長期的なリスク要因を評価し、急速に進化している受益者や顧客、従業員などのステークホルダーのニーズを考慮に入れた新たな投資機会を探しています。このような投資行動を通じた、投資家としての投資パフォーマンスの向上を目指すようになってきています。
生存戦略としてのESG
中小企業の事業運営においても、「ESG」的な経営計画の策定は、これからの企業評価のキーポイントです。いまだに20世紀型の利益至上主義、株主至上主義的な経営のままでは、会社の持続的成長は否定されるでしょう(昨今の某中古車自動車販売会社の例は典型です)。企業として、「PRI」の提唱するESGに対応する企業体制を整えることが、「CSR」という単純な議論の進化形なのだと思います。
不透明な世界情勢とPRIの未来
2006年に国連が責任投資原則(PRI)を提唱して以来、「ESG投資」は急速に世界で拡大してきました。一方で、現実世界においては、新型コロナウイルス感染症の広がりやウクライナ危機、食料価格やエネルギー価格の上昇、経済的な格差の拡大等により、「ESG投資」が対象とする企業や、「ESG投資」の内容自体の再確認が始まっています。「ESG」「持続可能性」は企業価値の向上にインパクトをもたらす主要な要因でありながら、その内容は、急速に変化し続けており、基礎となるESGの理論的な理解と、変化している世界状況に対応するESGの内容把握が重要なのです。
最後になりますが、正直な話、権威主義的な国家運営を行っている中国やロシアなどの国々との議論は、おそらく、「PRI」的な議論にはなじまないのかもしれないと思います。これらの国々が、独裁的な権威権力の維持伸長を目的とする以上は、「ESG」や「SDGs」が標榜する目標の優先順位は下がってしまうのではないかと思います。自身の権力維持を最優先するような施策とは、なかなか相いれないのではないかと懸念します。
これからの時代、ESG経営に基づいた財務戦略は不可欠です。当社の支援内容はヒューマントラストの事業紹介をご覧ください。
まとめ
まだ21世紀も4分の1しか経過していませんが、すでに、地球の限界、経済・社会の限界を示すような世界的課題は、日々顕在化しています。これからの未来世代のために、今、課題解決の方法を検討することは大変重要であり、すべての人が必要な「お金」の流れを変化させる「PRI」の考え方は、大変有意義だと思われます。
こうした問題も含みながら、現代の企業活動の健全化を図っていくことがこれからの経営計画の根底に流れる哲学だと思います。
企業がお金を必要とする以上、その出し手である投資家の意識(PRI)が変われば、企業経営(ESG)も変わらざるを得ません。私たちもまた、そうした大きな流れの中で、自社の在り方を見つめ直していく必要があるのです。








