公開日:2026.01.08
更新日:2026.01.09
「人件費の変動費化」がカギ。銀行評価を上げる雇用ポートフォリオ戦略
バブル崩壊後の「失われた30年」を経て、日本企業は「ジョブ型雇用」や「人的資本経営」へのシフトを急いでいます。
しかし、すべての社員をジョブ型にし、業務を外注すれば組織は強くなるのでしょうか?
答えは「No」です。
短期的な成果と長期的な文化継承、この双方を両立させる必要があります。
そのヒントは、実は30年前に提唱されたある「ビジョン」の中にありました。
本記事では、1995年に発表された『新時代の日本的経営』を紐解きながら、現代の企業が目指すべき「雇用ポートフォリオ」の構築と、人事だけにとどまらないハイブリッドな組織戦略について解説します。
この記事の要約
- 日本企業復活のカギは、全社員一律の雇用をやめ「3つの機能」に分けるポートフォリオ戦略にある。
- コア業務は正社員が担い、専門業務と定型業務は外部化・変動費化することで「筋肉質な経営」が実現する。
- この組織変革は単なる人事施策ではなく、金融機関からの評価を高め、資金調達を有利にする財務戦略である。
1995年『新時代の日本的経営』が示した処方箋
結論:1995年の提言は、社員を「コア人材」「専門人材」「柔軟人材」の3つに分け、固定費の最適化と専門性の確保を両立させる戦略的ガイドラインです。
1990年代半ば、急激な円高とバブル崩壊の後遺症に苦しむ日本企業は、深刻な決断を迫られていました。少子高齢化による人手不足と、高齢社員の増加による人件費高騰という「二重苦」です。
従来の「全員一律の正社員」という雇用形態を維持することは、もはや限界に達していました。
こうした状況下で1995年に発表されたのが、日経連(当時)の『新時代の日本的経営』です。
このレポートの画期的な点は、これまでの日本的経営の良さ(人間中心・長期的視点)を認めつつも、雇用形態を機能別に分ける「雇用ポートフォリオ」という概念を打ち出したことにあります。
これは、企業の贅肉を削ぎ落とし、筋肉質な組織へ生まれ変わるために、従業員を3つの機能に分類して戦略的に配置する考え方です。それぞれのグループの定義と役割を再確認してみましょう。
長期蓄積能力活用型グループ(コア人材)
いわゆる伝統的な「正社員」であり、幹部候補や管理職、総合職、技能部門の基幹職などが該当します。
このグループは、企業の持続的発展と収益拡大のために定着が不可欠な人材です。企業の理念やDNA、独自のノウハウを体現し、組織を長期的に牽引する役割を担います。
組織のDNAとなる理念やビジョンの策定については、以下の記事も併せてご覧ください。
▶ 【事業コンセプトの真髄】成功する事業計画と資金調達の礎となる「言葉」の紡ぎ方
この層に対しては、従来の日本的経営と同様に「期間の定めのない雇用契約(終身雇用)」や「年功的な昇給」がある程度の合理性を持ちます。
なぜなら、彼らには長期的な帰属意識と、時間をかけた能力開発(スキルの蓄積)が求められるからです。
日本的経営において最も重要視された「ヒト」の育成確保を行う、伝統的なグループそのものです。
高度専門能力活用型グループ(スペシャリスト)
特定の分野で高い専門性を持ち、知識や技術で貢献する人材です。研究開発、マーケティング、IT、財務などのプロフェッショナルが想定されます。
彼らには「年功序列」は馴染みません。成果やスキルに基づいた報酬体系が必要であり、雇用契約もプロジェクト単位や業務内容に合わせた有期契約となる場合があります。
このグループの存在は、従来の「年功序列」「終身雇用」を中心とする日本的経営では存在しなかった新しい層です。
企業にとっては、必要な時に高度なスキルを確保できるメリットがあります。
一方、従業員の立場からしても、自らの専門性を追求することで、自由な働き方と高い報酬を選択できるようになります。
雇用柔軟型グループ(フレキシブル人材)
業務の繁閑や定型業務に対応するグループで、有期雇用契約の時間給制、パートタイム、アルバイト、派遣社員などが含まれます。工場の期間工や繁忙期の臨時販売員などもここに含まれます。
近年の働き方改革により、この層に対する「同一労働同一賃金」の原則適用や、正社員(長期蓄積能力活用型)への登用など、処遇の適正化が進んでいますが、企業にとっては環境変化に合わせて労働力を調整できる「柔軟性」を確保するための層でもあります。
3つの雇用ポートフォリオと役割分担
1. 長期蓄積能力活用型
- 役割:組織の管理、文化継承
- 対象:幹部候補、総合職
- 契約:無期雇用(終身雇用)
- 報酬:能力・成果+年功
2. 高度専門能力活用型
- 役割:革新技術、専門課題解決
- 対象:IT、R&D、マーケティング
- 契約:有期(プロジェクト型)
- 報酬:成果・市場価値ベース
3. 雇用柔軟型
- 役割:定型業務、繁閑調整
- 対象:一般職、販売、製造
- 契約:有期・短時間
- 報酬:職務給・時間給
現代における「ハイブリッド戦略」の実践
結論:現代のハイブリッド戦略とは、コア業務以外をジョブ型採用やBPOで外部化し、人件費を「固定費」から「変動費」へ転換して財務体質を強化することです。
資金調達の現場から見る「評価される組織」
私たち資金調達エージェントが金融機関と交渉する際、最近特に重視されるのが「人件費の質の転換」です。
- ●単に「人件費が高い」会社は、コスト高としてマイナス評価になります。
- ●しかし、「コア業務に専門人材を配置し、ノンコア業務を外注(変動費化)している」会社は、筋肉質な経営体質としてプラス評価を受けやすくなります。
雇用ポートフォリオの見直しは、単なる人事施策ではありません。貸借対照表(BS)や損益計算書(PL)を改善し、融資や補助金の審査を有利に進めるための「財務戦略」そのものなのです。
雇用形態の見直しとセットで考えたい、財務戦略の実行支援についてはこちらをご覧ください。
▶ 変動費化で評価を上げる「資金調達エージェント」のサポート詳細
この「雇用ポートフォリオ」の提言から約30年が経過しましたが、その重要性はむしろ増しています。
DX(デジタルトランスフォーメーション)の進展により、社内のOJTだけでは育成できない高度なスキルが求められるようになったからです。
また、現代においては国もこの流れを後押ししており、人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~(経済産業省)においても、人材戦略と経営戦略の連動が強く求められています。
ジョブ型採用の拡大と外部リソースの活用
従来のメンバーシップ型雇用(職務を限定せず採用し、配置転換で育てる)だけでは、変化の激しいビジネス環境に対応できません。
特殊な技術や深掘りした知識を社内人材だけでカバーすることが困難になっているため、職務内容(ジョブ)を明確に定義し、即戦力を採用する「ジョブ型採用」を導入する企業が増えています。
これは前述の「高度専門能力活用型グループ」を強化する動きと言えます。
また、少子高齢化による人手不足を背景に、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)を活用し、社外のリソースを積極的に利用する動きも加速しています。
働き方改革関連法による残業規制などの影響もあり、以下のようなノンコア業務の外部化(BPO)が加速しています。
- 経理・事務部門
- コールセンター
- 営業プロセスの一部(インサイドセールス等)
これらを外部化することで、社員はより付加価値の高い本質的な業務(研究開発、製造など)に集中することが可能になります。
企業内の業務内容を整理し、コア業務とノンコア業務を切り分けること。そしてノンコア業務については外部の専門企業(BPO)に委託すること。これも広義の「雇用ポートフォリオ」戦略の一部と言えるでしょう。
ガバナンス構造の変化:メインバンク制からの脱却
結論:ガバナンス改革の本質は、組織の規律を銀行主導の「内部の論理」から、株主・市場主導の「外部の論理」へ転換し、資金調達の多様性を確保することにあります。
組織戦略の変化は、単なる雇用(ヒト)の話にはとどまりません。企業の統治体制(ガバナンス)においても、「日本的経営」からの脱却と進化が進んでいます。
かつての護送船団方式とメインバンクの役割
かつての日本企業は、「メインバンク制」や「株式持ち合い」によって強固な護送船団方式を築いていました。メインバンクとは、単なる資金の貸し手を超え、企業の株式を保有し、時には役員を派遣して経営に深く関与する存在でした。
また、グループ企業同士でお互いの株式を持ち合うことで、敵対的買収を防ぎ、安定的な取引関係を維持してきました。これにより、外部(株主)からの短期的な利益要求に晒されることなく、長期的な経営が可能だったのです。
「市場の論理」への転換とガバナンス改革
しかし、経済のグローバル化とともに、この閉鎖的な「ムラ社会」的システムは批判の対象となりました。
1990年代以降、会計基準やコーポレートガバナンスにおいて欧米流のグローバルスタンダードへの適合が求められるようになり、「キャッシュフロー」や「株主利益」が経営の中心的指標へと変化したのです。
現在では、メインバンクへの依存度は下がり、株式持ち合いの解消も進んでいます。その代わりに、社外取締役の導入や、機関投資家との対話(エンゲージメント)が重視されるようになりました。
これは、組織の規律を「内部の論理(銀行・グループ)」から「外部の論理(市場・株主)」へと切り替える大きな構造改革でした。
このガバナンス改革は、人事戦略の変化とパラレルに起きています。「身内(正社員・グループ企業)」だけで固める時代から、必要な機能や資源を「外部(専門人材・市場)」から調達し、組み合わせる時代へ。
まさに経営全体が「ポートフォリオ型」へとシフトしているのです。
ガバナンス構造のパラダイムシフト
【旧来】内部の論理
- 主役:メインバンク・グループ企業
- 関係性:株式持ち合い(護送船団)
- 重視:長期的安定・義理
- 資金:銀行借入(間接金融)
【現在】市場の論理
- 主役:機関投資家・株主・市場
- 関係性:対話(エンゲージメント)
- 重視:資本効率(ROE)・透明性
- 資金:多様な調達(直接金融含む)
まとめ:多様性を力に変える経営へ
かつての日本的経営は、全員が同じ方向を向き、同じ働き方をすることで強さを発揮する「同質性の強さ」でした。しかし、これからの時代に求められるのは、異なる強みを持った人材を組み合わせる「多様性の強さ」です。
- 企業文化を守り抜き、組織を束ねる「長期蓄積型人材」
- 革新的な技術をもたらし、変化を加速させる「高度専門型人材」
- 環境変化に柔軟に対応し、効率性を支える「雇用柔軟型人材」
これら3つのグループが、それぞれの役割を果たしながら共存する組織こそが、次世代の日本的経営の姿です。
従業員側もまた、自分がどのタイプでキャリアを築きたいのかを選択できる自由が生まれています。
「新時代の日本的経営」が目指した雇用ポートフォリオは、単なるコスト削減の道具ではありません。それは、激変するビジネス環境の中で、企業が持続的に成長し、かつ「人」を活かし続けるための、極めて現実的で戦略的な羅針盤なのです。
過去の伝統的な経営手法の良い点(人間中心・長期的視点)を維持しながら、現代の手法(ジョブ型・ガバナンス改革)を融合させる「温故知新」の姿勢が、今こそ求められています。
- Q. 雇用ポートフォリオとは何ですか?
- A. 1995年に日経連が提唱した概念で、従業員を「長期蓄積能力活用型(正社員)」「高度専門能力活用型(スペシャリスト)」「雇用柔軟型(実務職)」の3つに分け、企業の戦略に合わせて最適に組み合わせる考え方です。
- Q. 中小企業がこの戦略を取り入れるメリットは?
- A. 全てを固定費(正社員)にするのではなく、専門業務や定型業務を外部化・変動費化することで、損益分岐点を下げられます。これにより「筋肉質な経営体質」と評価され、銀行融資や資金調達の審査で有利になる可能性があります。








